ヒビキツアーズ
# 28
次世代に幸せつなぐ
「NEXIAの森づくり」
2022.7.25

山・林業・アウトドアなど森に関わる全国のイベント情報をお届けする連載。今回は岐阜県・郡上市で行われた植林体験イベント「NEXIAの森づくり」の参加レポートです。地元企業同士がつながりあって開催した、共感の森づくりはどんな広がりを見せているのでしょうか?

写真:掲載先/文:高岸 昌平

広報3日で100人超の参加者!?

5月の爽やかな陽気に誘われるように、岐阜県郡上市・明宝の山中へ取材に行った編集部。今回参加したのは「NEXIAの森づくり」という植林イベントです。“植林”と聞くと大企業や公的機関が運営するイメージが強いですが、このイベントを主催するのは岐阜県・関市で工務店を営む〈名古路(なこじ)建築株式会社〉とそこに共感した数々の中小企業です。

しかも、そこに名を連ねる企業は理髪店や土建屋・歯医者など、森林とはほど遠い業種が目立ちます。そんな不思議なネットワークで開催されたイベントから「企業として森は持たずとも、森づくりに協力することはできる」という中小企業同士で行う森づくりの姿が見えてきました。

植林体験といえば、森林を育て守っていくプログラムの王道と言えるでしょう。その人気ぶりは参加者の応募状況から伺い知ることができました。なんと広報を始めてから3日で定員を超え、130名以上が参加者として集まったというのです。まさに、環境に対する関心の高まりを表しているように感じられます。

イベント当日はGW最中の5月4日(水・祝)ということで、家族での参加が目立ちました。岐阜県内の参加者が多かったものの、名古屋や長野から訪れた方もいるようでした。からっと晴れた空の下、子どもたちの元気なあいさつが響いてプログラムもいよいよ始まります。

エゴノキ300本の衝撃!?
文化と生態系を受け継ぐ森

プログラムは植林する樹種や植え方、さらにはなぜ植林をするのかなど基本的なレクチャーから始まります。みなさん初めて聞くことばかりといった様子でしたが、それもそのはず。植樹する650本のうち300本が「エゴノキ」という馴染みのない木なのです。

エゴノキは雑木林などでも見られる低木の樹木。庭木としても活用されている。

実はこれまで森林に関わることが多かった筆者でさえ、エゴノキを知る機会はそうありませんでした。そんな「エゴノキ」が植林樹種に選抜されたのは、岐阜の和傘文化と密接な関わりがあるのです。

竹のハジキ(骨材)と柄のジョイントに使われるロクロ(写真中央)がエゴノキでできている。写真提供:一般社団法人岐阜和傘協会

江戸時代に武士の内職として始められ、大正・昭和初期に隆盛を極めたという和傘。その和傘の生産量日本一を誇るのが岐阜市です。また、和傘の要ともいえる「ロクロ」という部品は、岐阜に唯一残った職人が守り続けています。そしてそのロクロ生産に使われるのが、和傘に適した粘りと強度のあるエゴノキなのです。

エゴノキの採取は一時、生産者の断絶や資源量の減少で材料供給の危機に陥ったことがあります。いまでは、そうした状況を乗り越えようと県内で「エゴノキプロジェクト」が立ちあがり、材料確保を目指す動きが盛んになってきました。ただ、エゴノキも和傘に使えるようになるには時間がかかります。そこでエゴノキの資源量を維持するためにも今回の植樹でエゴノキを多く植樹することになったのです。

今回植林する山の見取り図。エゴノキの他にもコナラ・ホオノキ・サクラが植えられる。

それぞれの樹種について学んだら、いよいよ植樹体験です。林業でスギの収穫が終わり、まっさらになった土地に伝統工芸の材料としてエゴノキを植えるこの山林。和傘に求められるまっすぐな材料となるように「なるべく近くに植林してな」と声が掛けられます。近くに植えることでエゴノキは陽の光を求めて上へと成長していくのです。

そうした植林のサポートをするのは、郡上・明宝地域で10年以上にわたり植林イベントの主催や協力を行う「明宝山里研究会」のみなさんです。

緑のジャケットが目印の明宝山里研究会は地元の山主や会社員などで活動しており、地域の薪ボイラー用の薪生産を主な業務としている。

「そこの土は堅いで、枯れてまうぞ~」
子どもでも上手に植林を進められるように声を掛けて、サポートしながら植林が進められます。中には「俺、20本植えた!」とはしゃいだ様子で話す子もいれば、小さな手でスコップを握り、懸命に穴をほる姿もありました。各家族で植林を楽しんでいる様子はとても微笑ましいものです。主催者である名古路さんも植林が進んでいく様子を感慨深く見ているようでした。

「木はすぐ大きくならないんでね。10年たって、20年たってどんだけ育つの?みたいな。おじいちゃんになったときに成長してくるかなという感じですよ。だから今のうちにたくさん経験してほしいし、木も老いてきているので、若返りさせてかなあかんし。ちょっとずつみんなでやって行きたいですよね」

そうして植林が進んでいく山を眺めながらふと気になったのは、植林体験した山林は誰が管理していくのだろう?という点です。植えてもそのあとに手入れをされないようでは、きっと和傘に使いやすいエゴノキにならないでしょう。ただ、その点も大きな心配は無用でした。イベント後は〈郡上里山株式会社〉が今後の管理を担うようです。

造林を主な仕事とする〈郡上里山株式会社〉の代表・興膳健太(こうぜん・けんた)さん。同社は狩猟やジビエの販売などを行う「猪鹿庁」から分社化して誕生した。

普段はスギ・ヒノキの山林を扱うことが多いという興膳さん、エゴノキに対する不安は少なからずあるようです。
「エゴノキはやったことがないので、(上手く成長してくれるか)ドキドキですね!」
とはいいつつも、別事業でジビエを扱っていることもあり鹿に苗木が食べられないような獣害対策は心得ています。きっと和傘の材料として有用な森林になることを見届けてくれるはずです。

異業種からの共感と協賛

「明宝山里研究会」が体験のサポートをし、〈郡上里山株式会社〉が山林の管理をするなど様々なつながりと協力で開催されている当イベント。実はこれまで形を変えながら9年間、参加費をとらずに開催しています。そしてこのイベントを支えているのは、多くの事業者の寄付や協賛です。その寄付や協賛の協力を取り付け、「NEXIAの森づくり」を企画しているのが名古路建築・代表の名古路健さんです。

自身が主体となった「NEXIAの森づくり」の開催は2回目ということですが、それまでも〈明宝山里研究会〉が主催する植樹会に協賛をしてきたといいます。しかし、どうして9年間も植林活動に携わってきたのでしょうか?その理由は名古路建築のブランド名でもある「NEXIA」にありました。NEXIA(ネクシア)とは次に幸せをつなげるという造語。植林活動はそうした「NEXIA=子どもに豊かな自然環境を残す」ための活動というわけです。

「開催するにはいろんな企業さんの協力がないとできないし。いろんな人とのつながりが大事だと思いますね」
取材の中で名古路さんがしきりに口にしていた“つながり”という言葉。そのつながりの中で、共感してくれる仲間や企業が少しずつ増えているといい、協賛している企業数は昨年の10社から今年は18社に増えました。

●協賛企業はこちら
https://nakojikenchiku.com/512/

この9年間コロナの期間を除いて、すべての植樹会に参加しているという〈SUN建築製図社〉代表の里見潤さんも長年、協賛する企業の一つです。名古路さんとは経営者の塾でつながったという里見さん。商売相手というよりも仲間という意識が強いといいます。今回の参加者が100名を超えたと聞いたときはさすがに驚いたようです。

「純粋にスゴイと思いますよ。彼の思いがここまで大きくなるというのは。もっともっと大きくなっていけばいいと思いますけどね。僕はただ一途に応援するだけです」

昔からサポートしている人がいれば、今回が初めての協賛参加だという方もいます。そのうちの一人が岐阜市に美容室LIM(リム)を構える〈ライフインモーション〉の野村拓也さんです。協賛のきっかけは名古路さんがお客さんとして、足を運んだことだったといいます。散髪しながら、植林イベントについて話を聞く中で、野村さんが抱く「子どもたちにとって良い社会や環境を残したい」という思いと重なりました。今回は、参加者から聞こえてくるポジティブな声をたくさん感じたといいます。

「地元の川で趣味のSUPをやっているんですけど、やっぱりゴミが普通に落ちているんですね。こういう活動を1回でもやった子は、ゴミ捨てんくなるやろなと思って。活動自体をより広げていきたいなと思ったし、ちょっとでも力になれればと思いますね」

こうして、各企業の方からお話を聞いていると、CSR・SDGsは大企業だけのものではないのだと実感します。森づくりは長期間にわたって継続してこそ達成されます。このように、どうしても一社の力だけでは達成できないことに対して地元企業がつながることで、私たち自身の未来に向けて取組むことができるのだと感じます。その先に、いつか日本の会社のすべてが何かしらの形で森に関わっているかもしれない。そんな森林を共有していく未来の妄想が膨らみます。

植林で森を開くシステム

名古路さんの最終的な願いは、各地域で植林を通じた体験と活動ができるシステムができていくこと、だといいます。

「やっぱ、“みんな”なんですよ。今日来てくれたみんなが良かったなと思ってくれて、新しい人とフィールドを広げられたら良いなと思うし。いろんな所でこの活動を広めたい!という想いがある。ほんとそれだけっすね」

今後は植樹会の頻度をあげていきたいと語る名古路さん。次なるテーマは閉鎖されたスキー場のコースを森林に戻すという10年計画の植樹プロジェクトです。既に始まったこのプロジェクトは明宝スキー場を中心に、今後10年がかりで続いていきます。

ただ、森づくりというのは、人手も根気も必要なプロジェクトです。だからこそ、様々な人とのつながりを大事にしながら地道に、しかし確かに森を次世代につなぎ続けます。その先には誰もが自分事として森づくりに関わっていく世界があると信じて。

●imformation
名古路建築株式会社
〒501-3953 岐阜県関市千疋北2丁目7-2
https://nakojikenchiku.com/

明宝山里研究会
〒501-4307 岐阜県郡上市明宝二間手361 NPO法人ななしんぼ内
https://www.meiho-yamazatoken.jp/

郡上里山株式会社
〒501-4601 岐阜県郡上市大和町大間見307番地(大和ふれあいの家内)
http://inoshika.jp/

高岸 昌平 (たかぎし・しょうへい)
さいたま生まれさいたま育ち。木材業界の現場のことが知りたくて大学を休学。一人旅が好きでロードバイクひとつでどこでも旅をする。旅をする中で自然の中を走り回り、森林の魅力と現地の方々のやさしさに触れる。現在は岐阜県の森の中を開拓中。