ヒビキツアーズ
# 25
犬ぞり体験で思う
地球の未来
2022.2.18

山・林業・アウトドアなど森にかかわる全国のイベント情報をお届けするヒビキツアーズ。今回は、冬の雪山で楽しめるアウトドアアクティビティを紹介します。

写真・文:渕上 健太

観光客や登山者などが四季を通して訪れる八ケ岳山麓。その東側に広がり、東京都心から車で2時間半程度でアクセスできる野辺山高原(長野県南佐久郡南牧村)で、愛犬と一緒に犬ぞり体験ができることをご存知でしょうか?

本場のカナダやアラスカと比べるとスケールは小さいですが、積雪に恵まれ、愛犬との息がぴったり合えば、雄大な八ケ岳連峰を望む広大な牧場を、風を切りながら滑走できるかもしれません。

フィールドとなるのは高原野菜の産地として知られる野辺山高原の一角にある標高1,375mの滝沢牧場。専用コースが整備されているほか、犬ぞりや犬に着けるハーネスなどをレンタルできます。専用コースは1〜3頭程度でそりを引くのに適した長さで1周約800m。観光客向けの犬ぞり体験はしていませんが、愛犬と一緒に来て道具をレンタルすれば自由に練習できる仕組みです。

雄大な八ケ岳山麓の一角に広がる滝沢牧場。

滝沢牧場が犬ぞりコースをオープンさせたのは2016年。「犬力舎」(けんりきしゃ)のチーム名で各地の犬ぞりレースに参加している埼玉県在住の山口晃明さん、国子さん夫妻が、首都圏や中京圏から日帰りできる練習場所を探す中、平坦な地形が広がり、トイレや駐車場などが整備されている滝沢牧場に着目。通年営業している牧場側の全面協力のもと、コース整備のほか、そりや犬が身に付けるハーネス、専用のリードをレンタルできる体制が整えられました。

積雪量は例年それほど多くはないものの、冬場はマイナス20度前後に冷え込むこともあり、一度雪が降ると解けにくいのが野辺山高原の特徴。犬ぞりのフィールドとしてはおそらく世界最南端かもしれません。

今季からそりを引く練習をしている牧場の看板犬「サニー」。平坦な地形は初心者の犬にも向いている。

愛犬と息を合わせて

今回の取材では、山の中を走り回ることが大好きな我が家の5歳半の雌の雑種犬と一緒に参加し、山口さん夫妻に基本を教えてもらいました。まずはそりのハンドルを握り、滑走板の上にしっかりと立つのが基本姿勢。スピードが出過ぎたときは、左右の靴のかかとを雪面に押し付けて速度を落とす「フットブレーキ」を使います。

でも我が家の愛犬は、出発の合図を送ってもそりを引いて走り出すどころか、私の方を向き、どうしたらよいかわからずに困ってしまった様子。ゴール地点で待つ家族や他の参加者が大声で呼んでも、動揺して動かなくなってしまいました。

ハーネスを身に付け、見た目だけは一丁前の我が家の愛犬(撮影・犬力舎)

国子さんによると、散歩中にリードを引っ張らないように、人のペースに合わせてゆっくりと歩く習慣が身に付いているため、ハーネスを介して負荷を感じると、そりを引っ張るのをやめてしまうのだそう。

「お気に入りのおもちゃを投げてそれを目掛けてそりを引かせるなど、練習を続ければソリ犬としてデビューできますよ」と励まされました。柴犬やチワワなどの中小型犬でも「滑走距離を短くしたり、飼い主が雪面をけりながら一緒にそりを滑らせたりすれば十分楽しめます」と多くのひとに体験を呼び掛けます。

大型犬で大滑走!

次に山口さん夫妻の雄の愛犬「ハルク」に選手交代。5歳のハルクは北米でソリ犬として活躍する「アラスカンマラミュート」と呼ばれる犬種で、体重が40㎏もある堂々たる風格。

国子さんと一緒に合図の掛け声を送るとゆっくりと走り出し、そりが雪面を滑り始めました。風を切って音もなく進み、どんどんと加速。気付けば40mほど先のゴール地点まであとわずか!

慌ててフットブレーキをかけて減速させ、ゴール地点の手前で停止しました。その間わずか10秒ほど。信頼を寄せる犬にそりを引いてもらい、雪面を風のように疾走する…。爽快感と犬との一体感は想像通りで、非日常の感覚に気分が高揚しました。

力強く走りながらそりを引くハルク。疾走感を満喫した。

滝沢牧場ではスキーの道具を持参すれば、飼い主がスキーを履いて腰に専用ハーネスを付け、ハーネスに付けたリードを介して犬に引っ張ってもらう「スキージョアリング」も犬ぞりコース内で体験できます。

登り坂に差し掛かると飼い主も両手に握ったストックで一生懸命、雪面を押したり、スケーティングの要領で一緒に滑ったりする必要があり、愛犬との一体感を味わえること請け合い。ただ犬ぞりと同様に、負荷が掛かった状態のリードを引っ張りながら走ることに犬が十分慣れることが、上手に滑るコツのようです。

開拓農場が前身

滝沢牧場は、社長の滝沢恒夫さん(70)の父親が、終戦翌年の昭和21年に現在の佐久市から野辺山高原に入植して開拓した農場が前身。食糧増産が国策だった当時、豆類やいも類、だいこんといった農作物の栽培のほかに酪農もしていたそうです。

宿泊業などの観光事業を始める夢を抱いていた2代目の滝沢さんが現在の牧場をオープンさせたのは30代前半だった昭和57年。高原野菜をはじめとする農業が村の主産業となる中、幹線道路となる国道から少し外れた場所にある滝沢さんの農場で観光牧場を開く構想は「周囲には全然理解されなかった」と振り返ります。

それでも近接する清里高原などを含めた高原ブームの影響などで、その後八ケ岳山麓一帯には多くの観光客が足を運ぶようになり、滝沢牧場にも修学旅行生を含めて毎年、大勢の旅行者が牛の乳しぼりや乗馬、キャンプなどを楽しみに訪れるようになりました。

フロンティアハウスの薪ストーブの前で牧場開設の歩みを語る滝沢社長(右)と「犬力舎」のチーム名で活動する山口さん夫妻。

開業当初に牧場内に建てられ、「フロンティアハウス」と名付けられた木造掘っ立て造りの喫茶店が、約40年に渡る牧場の歩みを物語ります。

一方、犬ぞりについては「地元のひとたちを含めてまったくなじみがなかった」と滝沢さん。野辺山高原の冬場の集客につながる可能性があるものの、成功するかは未知数。それでも山口さん夫妻の熱意に呼応して、牧場のトラクターやスノーモービルを使って雪の積もった牧草地を整備し、一般のひとも体験できる犬ぞりコースが開設されました。

おそらく世界最南端とみられる犬ぞりフィールド誕生の背景からは、新しい動きを柔軟に受け入れてともにチャレンジする開拓者精神がほのかに漂います。

変わる気候

国内では北海道や東北を中心に犬ぞりの愛好者がいて、定期的に大会が行われている地域があるものの、犬ぞり人口は減少傾向のようです。愛好者の裾野が広がりにくい要因の一つとして考えられるのが気候変動に伴う全国的な積雪不足。

滝沢牧場では、5年ほど前までは年末から犬ぞりを楽しめる年が多かったものの、ここ数年は積雪が少なく、1月中旬から2月上旬ころまでの限られた期間しか滑走できない年が増えました。地元の自治体や商工会の協力で2017年と18年に開催された「野辺山高原犬ぞりレースin滝沢牧場」は、19年と20年は積雪不足で開催できず、以降はコロナ渦もあって開かれていません。

伝統的な木製のそり。犬ぞり文化の存続は、これからの私たちの暮らし方に懸かっているのかもしれない。

「あと5年ほどたてば、もうここでは犬ぞりができなくなるかもしれない」と国子さん。それでもクラウドファンディングを利用してスノーモービルを購入し、コース整備に役立てたり、積雪が少ないときはコース外から雪を運んできたりと、犬ぞりの魅力をひとりでも多くのひとに発信し、体験してもらおうと懸命に活動しています。

犬ぞりという遊びを通して、気候や自然の変化に目を向け、生き物たちと呼吸を合わせて生きていくことの大切さを感じ取るきっかけが生まれていくのかもしれない…。そりに乗って雪原を滑る余韻に浸りながら、そんな思いで牧場を後にしました。

●滝沢牧場
長野県南佐久郡南牧村野辺山23-1
0267-98-2222
※冬季は不定期営業。犬ぞりコースの使用は事前の積雪確認や予約が必要

●犬ぞりコース使用料
・ビジター(1日)
コース利用料 1,000円/ひと家族
※上記にプラスして利用する犬1頭につき500円
・シーズンパス
6,000円/ひと家族(コース利用料・犬の料金込み)

●レンタル料
・犬ぞり
専用利用 2,000円/日(予約制で先着1組のみ)
ほかの利用者と共用 1,000円/日
・ハーネス(人・犬用)
各500円/日

渕上 健太 (ふちがみ・けんた)
学生時代を過ごした秋田県で山の魅力に取りつかれる。山スキーから岩登り、山菜・キノコ採り、渓流釣りまでボーダレスに山遊びを楽しむが、海への憧れも強い。目下一番の関心事はシーカヤック。八ヶ岳南麓で林業に従事する。森林インストラクター。