ひビキのヒび
# 20
農林高校とのコラボ授業
伐倒の瞬間を刮目せよ!
2022.5.27

今回は編集部の所属先・飛騨五木グループで5年前から行っている地元高校生とのコラボ授業「演習林活用プロジェクト」の模様をお届けします。1年を通じたプロジェクトの初回である「伐採式」の様子をご覧ください。

写真:孫 沛瑜/文:高岸 昌平

岐阜県下最大の総合高校
「飛騨高山高校」

雪深い2000m級の山々に囲まれた岐阜・飛騨高山。観光地「古い町並み」がある中心市街から西に離れた小高い丘の上に飛騨高山高校はあります。

岐阜県の中でも学校の規模が大きく、県下最大の総合高校と呼ばれるこの高校。実習を重視していることもあり、281㎡の広大な敷地(山田キャンパス)には、水田や果樹園・飼料園などが備わっています。特に畜産系の動物科学科は、高校生の育てた肉牛の品質を競う「和牛甲子園」で2年連続優秀賞を獲得するほどの腕前を持ちます。

高校生の段階から地域産業と関わりが深いその傾向は、林業を扱う環境科学科でも同様でした。飛騨五木グループ内の井上工務店が5年前から始めた「演習林活用プロジェクト」もその傾向の一つです。名前の通り、飛騨高山高校が持つ演習林(学校が所有する森林)から木材を伐り出して、建築や製品になるまでの流れを学んでもらおうという本プロジェクト。

今回はそのスタート地点である伐採式・植樹式を取材しました。

環境科学科の生徒が活動する演習林は、高校から車で15分ほどの場所にあります。秋晴れの土曜日にも関わらず、課題研究という授業の一環として3年生7人と2年生10人がプロジェクトに参加してくれました。

チェンソーの刃がよく切れるように研ぐ“目立て”という作業。チェンソーを扱うための必須スキルだ。

編集部が現場につくとすでに3年生の姿があり、チェンソーの刃を研いで準備を進めていました。ヘルメットとチェンソーパンツ(※)を身につけ、ナタを携えた装いからは、山に入り慣れている雰囲気が漂います。

※チェンソーパンツは、チェンソーによるケガを防ぐための防護パンツ。

チェンソーは学校の備品であるため、演習林を活用する授業がないと使う機会がありません。同じ農林系の高校でも、チェンソーを使った伐倒作業を実習に取り入れている高校は珍しいそうで、高校のうちに道具の扱い方を学べることは飛騨高山高校の特徴の一つとなっていました。

ほどなくして、2年生が到着。演習林に入るのが2回目だという2年生は、まだ伐倒作業を見たことがありません。3年生と2年生を実際に比べてみると、3年生の方が心なしかどっしり構えているように感じられます。1年間森と関わり、山を知っていくことが生徒を変化させていくのかもしれません。

体験して初めて気づく
林業の難しさ

参加学生が集まり準備が整うと、開会式が始まります。先生に続いて話したのは、飛騨五木グループの井上守さんです。

井上工務店・常務の井上守さん。所属していた学科は異なるが、飛騨高山高校(旧高山高校)が母校。

「今日はプロジェクトのスタートとなる伐採式なので、伐採した木をちゃんと覚えておいてください。みんなが伐採した木を会社でちゃんと分けておきますので、今後その木がどんなふうに使われていくのか注目してほしいと思います」

そう、このプロジェクトはただの伐採見学ではないところがポイント。飛騨五木グループが持つ、川上から川下「林業・製材・大工・建築」の各セクションを体感してもらうことで、林業だけでない森林と木材の世界に触れてもらうことが目的です。そのスタートはやはり伐倒作業から、ということで演習林に入っていきましょう。

演習林は全部で約11haほど。ヒノキ・アカマツをはじめとした針葉樹が中心だが、雪深い高山という地域なのでコナラやクリなどの広葉樹も点在している。実習をするのは入り口を少し上った比較的なだらかなエリア。
井上工務店・林業部の谷村俊吉さん(左)。飛騨高山高校の卒業生でもある。生徒と一緒に木を見上げて、木の重心を見極め、伐倒の方向を判断している。

伐倒作業は3年生が担当しました。井上工務店・林業部の谷村さんがレクチャーしながら、作業を進めます。飛騨高山高校では演習林を使った活動が盛んで、生徒も多少の伐倒経験があるそうですが、油断は禁物。谷村さんと一緒に、木を倒す方向や方法を決めていきます。他の生徒は離れて見守りながら、チェンソーのエンジンがかかる音を待ちます。

しばらくして「ブロロッ」っとエンジンが始動して、伐倒作業が始まりました。チェンソーの難しいポイントは、刃を水平に入れること。刃が水平に入らず切り口が曲がってしまえば、当然倒れる方向も曲がり、作業員の危険が増します。そういったポイントに気をつけながら、ゆっくりと伐り進めていきます。

・受け口:「く」の字型に入れる切れ込みのことで、追い口よりも始めに作る。角度は約30度〜45度。受け口の方向が伐倒方向になる。
・追い口:水平に入れる切り込み。追い口の深さで木の倒れやすさが変わる。
切り口が水平でなく、波打っている。右下の木材を見てみると、裂けてしまった部分(白っぽい箇所)が見える。

木の重心がゆっくりと傾き、その後一気に地面に倒れます。伐倒を担当した3年生は「気持ち良いっすね!」と笑いますが、同級生からは「お前大失敗しただろ!」という声が聞こえます。そのわけを聞いてみると「まず受け口(※)が水平じゃないし、追い口(※)も水平じゃない」と手厳しい指摘!

確かに切り口を見てみると、数回に分けて慎重に伐り進めた跡が波打ち、木材が少し裂けてしまっています。木を伐ることも簡単ではないのだということが、見ている方にも伝わってくるようでした。

そうして伐倒が終わると次は2年生の出番。授業で習った計測方法で年輪の数や直径など木材のデータを記録します。そんな2年生に初めて伐倒を見た感想を聞いてみました。

「木が倒れる音、エグいっす。“バキバキ”っていったあとの、“キュゥ”っていう音が生の木やなと思いました」

森や林業から離れている人からすれば、林業の音なんて「ウィーン」というチェンソーの音と「ドーン」と倒れる様子くらいしかイメージできません。しかし実際の現場の音は、チェンソーの音が止まって、少しの間静寂があって、ゆっくりと倒れ始めて…。

―― バキバキ
―― キュゥ
―― ドン

これは実際に耳で聞いてみないとわからなかったことなのかもしれません。

続いて行われたのは植樹体験です。今回は、収穫を期待した植樹ではなく記念植樹として植え方を学びます。穂波先生のレクチャーに続いて、生徒も間隔のあけられたスポットに苗を植え始めます。社員も植樹に参加し、演習林がこの先も無事に成長してくれたらなと未来に思いを馳せるのでした。

森の進路が選ばれない
農林高校

今年で6年目を迎える「演習林活用プロジェクト」。始まりのきっかけは飛騨高山高校・穂波輝樹先生の相談でした。

穂波先生は飛騨高山高校で環境科学科(前森林科学科)一筋26年のベテラン教員。これまで、数々の生徒を送り出してきました。そんな穂波先生が気にかけていたのは「林業を学べる環境があるのに、業界に興味を持ったり就職したいと考えたりする生徒が少ない」というものでした。そこで、どうすれば生徒に興味を持ってもらえるのだろうか?と考え、目を付けたのが、演習林で行っていた実習でした。

教員の穂波輝樹先生。井上守さんとは旧知の仲。

それまでの演習林実習は、伐採したものを原木市場に出して終わりだったと言います。生徒に木がどのように使われているか伝えるには不十分でした。そこで井上工務店が協力する形でスタートしたのが「演習林活用プロジェクト」。林業から建築現場までを体験する実習に生まれ変わり、“山高”の生徒が伐倒した木々が原木市場を越えて、井上工務店の施工物件に使われるようになりました。

井上工務店の製材工場見学の様子。切り口に“山高”と印をつけて保管している(2019年・編集部撮影)
サービス付高齢者住宅〈みらいえ高山〉の大黒柱として使用(2016年・編集部撮影)
製材・乾燥された木材を外壁に取りつける作業を体験。現場の屋根に登り、建築業ならではの仕事の雰囲気も体感した(2017年・編集部撮影)
伐り出した演習林材から、どんな商品を作ればいいかディスカッションを重ねて木箱を制作。実際に響 hibi-ki STOREで販売。(2020年・編集部撮影)

林業だけでなく製材や加工まで身をもって体験することで、実際に業界に関心を持つ生徒も出てきたと穂波先生が教えてくれます。山で働く仕事は、私たちの目に触れる機会が少ない産業です。まずは、地域で暮らしていく選択肢として提示してあげることが重要なのでしょう。そして商品を作ったり、社会人と関わったりする中で、業種の枠を超えて仕事の難しさや面白さが少しずつ伝わるのかもしれません。

学校が育てるべき
林業従事者より大事なもの

プロジェクトの内容は、毎年生徒の要望や先生との協議を重ねることで決められています。これまで、5年間一緒にプロジェクトを進めてきた穂波先生は、どんな想いでこのプロジェクトに関わっているのでしょうか。

左から、2年生を担任する大宮笙(おおみや・しょう)さん。実習を担当する細野稔貴(ほその・としき)さん。3年生を担任する穂波輝樹(ほなみ・てるき)さん。

「産業に関わっていく人はもちろんだけど、産業に携わらん人にも“良き理解者”になってもらう、森の応援団をいかに増やすかということが大事だと思って。そうしんと、木の家も売れてかんし、森や林業への理解も得られないでしょ」

その言葉に編集部も納得です。「林業」というと森から木を伐り出す仕事として捉えられがちですが、“森で働く”と捉えると、その仕事内容や生き方も多様だと気がつきます。

また仕事につながらなくても、森林・林業の世界を理解して大事だと感じてくれる存在がいれば、森にまつわるさまざまな気づきが増えていくはずです。森林について学ばなければ、木材の産地やそこで働く人を意識することもないでしょう。しかし、“山高”のように自分で木を伐ったことがあれば、自然と木材の産地や働いている人のことが気になるはずです。災害が起きれば、山のことが心配になるかもしれません。そうした自分自身と森林をつなぐ“視点”が自分の行動を変え、森林に対する「常識」を形作っていくのではないでしょうか。

実際、農林高校の生徒の中で、業界に関わり続けるのはほんの一部です。そもそも業界の求人もそこまで多くはありません。だからこそ生徒一人ひとりが、少しずつ森を理解していくことを大事にしているのです。

“森の理解者”という言葉は、「林業をやれ」という決めつけでなく、さまざまな進路を進んでいく生徒を肯定したうえで、森の視点を心に留めてほしいという先生の願いなのでした。

●Information
岐阜県立飛騨高山高等学校
・岡本キャンパス
〒506-0052 岐阜県高山市下岡本町2000-30
TEL:0577-32-5320 / FAX:0577-32-5321
・山田キャンパス
〒506-0058 岐阜県高山市山田町711
TEL:0577-33-1060/FAX:0577-32-8994
https://school.gifu-net.ed.jp/htakayama-hs/
高岸 昌平 (たかぎし・しょうへい)
さいたま生まれさいたま育ち。木材業界の現場のことが知りたくて大学を休学。一人旅が好きでロードバイクひとつでどこでも旅をする。旅をする中で自然の中を走り回り、森林の魅力と現地の方々のやさしさに触れる。現在は岐阜県の森の中を開拓中。