響hibi-kiの制作の裏側や取材時の裏話など、編集部の日常をあれこれと綴っていく「ひビキのヒび」。第4回目は、ライターであり2児の母でもあるスタッフが、自然にどっぷりハマったきっかけとなるカナダのバックパッカー旅を紹介します。
今や2児の母も
かつては旅人
人生で一度だっていい、すべてが揃った人間社会をちょっと離れて、ただひとつの命として自然に溶け込んでみる。そんな経験ができたなら、人は何を思うのでしょう—— 。
はじめまして、hibi-kiのライターをしている宮崎です。私は茨城県水戸市に住み、家族4人笑顔いっぱい暮らしています。小さな頃から旅人になるのが夢でした。今では、旅と自然を愛する2児の母です。今回は、hibi-kiの執筆に携わるきっかけともなった、ある旅の1ページを紹介したいと思います。
私は10年前、当時勤めていた会社を辞め、ひとり、念願だったカナダのユーコンへ“自然にどっぷり浸る旅”に出たのです。きっかけは「トランスカナダトレイル」というカナダ全土を結ぶ自然歩道を知ったことでした。気が済むまでとことん、そのトレイルを歩き、キャンプをして過ごしたいと思ったのです。
半年間のバックパッカー旅のうち2ヵ月間をユーコンで過ごしました。ユーコンにはただただ広がる大地に州立の無人キャンプ場が点在しています。ヒッチハイクで移動しながらキャンプをし、トレイルを歩いたり、本を読んだり、詩を書いて過ごしました。ご縁があり、カヤックで10日間の『ユーコン漂流』(野田知佑著/文春文庫)に出ることもできました。
ある晩テントを這い出して空を見上げると、山々のシルエットをはっきりと浮かび上がらせるほどの満天の星が広がっていました。ふと前方に目をやると、太くて大きな雲のような帯が2本、山の稜線から空に向かって伸びています。上の帯は太く、下の帯はその半分程、夜空には他に雲ひとつないのにそこにだけ、白く大きな帯があるのです。
「あれは何だろう?もしかして」
ふと、上の帯に縦の線が3本、淡く緑がかって浮かんだのです。続いて下の帯から縦に4~5本、細い緑色の炎のような線が浮かび上がりました。
「オーロラだ!」
思いがけない出会いに胸が高鳴りました。そして太陽から届いたその光は、ここが地球という星である、当たり前の事実を実感させてくれたのです。
旅の途中では、たくさんの野生動物とも出会いました。グリズリーやブラックベア、ビーバーにイーグル、リスにムース。森は彼らの住処なので、よそ者の私は気づかれずに過ごすことが大切です。
出会った中でも印象的だったのはポーキュパイン、和名でヤマアラシと呼ばれる大きいハリネズミのような動物です。ポーキュパインには2度会いました。最初は小さな川を挟んだ対岸でした。
のこのこ短い足で歩く姿はなんとも愛らしく、特徴的な背中の大きな針毛も、やわらかそうにすら思えました。川岸の木に登り、細い枝の先の何かをモグモグ食べるのです。“ポーキュパイン”というユニークな響きと、そのかわいさに虜になってしまいました。あの時までは……。
2度目はユーコン川下りの途中でキャンプをした時のことです。枝をナイフで削るのに夢中になっていた私の、ほんの数メートル先を、ポーキュパインがのこのこと歩いているのです。
前回は川の対岸でしたが、今回は隔てるものはありません。かわいいというよりも、むしろ近さに恐怖を感じました。ポーキュパインはまだこちらの存在に気づいていないようで、私も突然のこと過ぎて動けませんでした。ところがハッとその子と目が合ったのです。びっくりしたのでしょう、次の瞬間、丸まっていた針毛をババッと広げて私に突進してきたのです。
かわいさはどこへやら、恐怖でしかありませんでした。その距離2メートル。「でゅわわわわわーーー」と叫び声を上げてのけぞると、ポーキュパインもさらにビクッっとなって、90度方向転換をして走り去っていったのです。森は彼らの住処なので決して、近づいたり、驚かせたりしてはいけません。ごめんね、ポーキュパイン。
ユーコン川手前のテスリン川からカヤックで下り始めて3日目、まっすぐな川の両端には森、森、森、そしてどこまでも広がる空だけ。身の回りの物以外に人工的な物は一切無く、時速7㎞の川の流れに、どっぷりと心と身体が溶けていくようでした。そして町ではありえないほど、すばらしく音のない世界でした。
その世界に浸っていると、それまでは感じなかった音が響いてきたのです。森から聞こえてくるのでしょうか。低く低く単調に、ベースのようにブォンブォンと。そこに風がそよぎ、木々が擦れあう音が重なります。鳥が羽ばたき、川の水が岩にあたりしぶきを上げます。まるでリズムを刻むように、自然の音が折り重なっていくのです。
その音色はオーケストラのように荘厳な気さえしたのです。川を下り3日間静けさの中にいて、ようやく私の耳にも届いた「森の歌声」だと感じました。閉ざされていた五感に少しずつ光が差し込むようでした。
夜は毎晩、焚き火を見つめ過ごしました。さみしいと思うことはありません。ずっと終わらないでほしい時間でした。でも朝は来るのです。
人生で一度だっていい、すべてが揃った人間社会をちょっと離れて、ただひとつの命として自然に溶け込んでみると。オーロラのような地球規模の現象に遭遇したり、野生動物と肩を並べたり、森の歌声に五感が解放されたりしたのです。「ああ、私はここがいい」と心から思える居場所をつくれたようでした。
自然や森は、出かける先ではなく、帰る場所だと感じます。「おかえり」と包み込んでくれる存在です。私は目をつむると、いつでもあの場所に帰ることができます。自然に抱かれる安心感と温かさに、そっと「ただいま」とつぶやくのです。
今回、hibi-kiの想いに共感し、執筆に携わることになりました。今は2児の母ですが、ユーコンでの経験を胸に、少しでも、人と森をつなぐ架け橋になれたらうれしいです。