hibi-ki Hiker’s club
# 18
みんな大好き八ヶ岳【前編】
2025.11.19
権現岳から見える南八ツの核心部。左が阿弥陀岳、右が赤岳。

山を、森を、ひたすら歩き続けたい。ただの山道じゃない、自然と融和できるような、そんな“トレイル”が世界各地にはあります。土地の成り立ちも、気候条件も、人の生活文化も異なれば、そこに立ち表れる自然の姿は多様です。世界各地のトレイルを走破している元地理教師でハイカーの玉置哲広さんを案内人に迎え、森の世界旅行へ一緒に出かけてみましょう。今回は、久しぶりに国内でのハイキング。八ヶ岳の自然の姿をお届けします。

写真・文:玉置 哲広

八ヶ岳って
どんな山?

今回は、おそらく誰でも聞いたことがある山、八ヶ岳です。これほどコンビニエントで万能な山はないのではないかと思っています。関東の人なら林間学校や移動教室で周辺地域を訪れたことがある人が多いでしょうし、乳製品の名前や別荘地としても知られていますね。他地域でもよく耳にするでしょう。そんな万人に親しまれる八ヶ岳のハイクです。

登山をする人には常識ですが、八ヶ岳という名前のピークはありません。南は山梨・長野の県境あたりから諏訪湖の近くまで約30キロに連なる連峰の呼び名なのです。フォッサマグナの西側、糸魚川静岡構造線の谷に沿っているので、中央自動車道あたりからは山の連なりがよく見えます。

中央道から見える「南八ヶ岳連峰」。左から編笠山、権現岳、阿弥陀岳、赤岳、横岳。
中央道から見える「南八ヶ岳連峰」。左から編笠山、権現岳、阿弥陀岳、赤岳、横岳。

構造線の西側には北、中央、南の日本アルプスの山々があり、これらと合わせて信州の高い山々というイメージで一緒に見られたりします。アルプスの名前は付いてなくてもアルペンムードを味わえるのでお得だし、交通アクセスも抜群です。

構造線の谷を隔てて西から見た八ヶ岳。
構造線の谷を隔てて西から見た八ヶ岳。

この連なる山脈の真ん中あたりの「夏沢峠」で南北に分けて、「北八ツ」と「南八ツ」と呼び分けます。北八ツは標高が比較的低く森におおわれたシブい山々、南八ツは2800m近くありアルペン的な山々で、狭義での八ヶ岳は南八ツをさします。

茅野の郊外から見える山並み。左手三分の一程の鞍部が夏沢峠。右端が編笠山。
茅野の郊外から見える山並み。左手三分の一程の鞍部が夏沢峠。右端が編笠山。

今回はこのアルペン的な南八ツの紹介です。頻繁に訪れる場所なので、山行記でなく、自然の姿などをお伝えしましょう。

八ヶ岳は八つの峰があるというよりは、多くの峰があることを象徴するネーミングなのですが、「日本百名山」を著した深田久弥は、あえて西岳、編笠山、権現岳、赤岳、阿弥陀岳、横岳、硫黄岳、峰の松目の八峰をあげています。

野辺山からの景色。左から権現岳、最高峰・赤岳、横岳。
野辺山からの景色。左から権現岳、最高峰・赤岳、横岳。

八ヶ岳登山
入門編

南八ツの核心部は2800mを超える最高峰・赤岳、阿弥陀岳、横岳のあたりです。この南八ツ連峰縦走には二泊三日ほどの行程がかかりますので、ここではまず入門の日帰り登山ができる“編笠山ハイク”から紹介しましょう。一番南のスッキリとした笠形の山です。

編笠山の登山口の一つである観音平から歩き出して、まず見えてくるのはカラマツの森です。針葉樹でもカラマツは秋にきれいな黄色に染まるのが印象的で、八ヶ岳では2000m程でカラマツの森に出会えます。

カラマツの黄葉。
カラマツの黄葉。

林床の笹原の中に大きな岩がゴロゴロしています。これこそ八ヶ岳が火山であることを感じられる風景で、太古の昔は森や笹がない岩だらけだったことが想像できます。ゴロゴロ岩がふえてくる中を行くと「青年小屋」という山小屋があるので、一休みできます。

ゴーロの積みあがった編笠山と青年小屋。
ゴーロの積みあがった編笠山と青年小屋。

目の前のゴロゴロ岩が積みあがった所(山の用語で「ゴーロ」)が編笠山で、岩原を乗り越えて30分程で山頂です。麓から見るとすっきりなだらかな形の編笠山ですが、実はゴロゴロ山なのでした。

まっすぐ下山すると日帰りコースですが、青年小屋でテントか小屋泊まりすると、権現岳へ行き、アルペン的な景色にも出会えます。樹林帯を抜けて岩峰歩きになりますが眺望抜群で、核心部の赤岳と阿弥陀岳が目の前です。赤岳への縦走路はキレットという峰の切れ目を超える難所となっています。

権現岳山頂付近。富士を遠望。
権現岳山頂付近。富士を遠望。

八ヶ岳登山と言えば多くの人がこの最高峰・赤岳を目指します。赤岳へは、最もポピュラーなのが美濃戸口で、バス便も駐車場もあり、ここから歩き出しますが、ダート道を1時間歩いたところにも駐車場のある山荘があり、そこまで車で上がる人も多いです。昔はここでお茶と野沢菜のサービスを頂けましたが、最近はお目にかかりません。

ここから2時間ほど沢に沿って森を歩きます。針葉樹の森の中で、岩や倒木が緑色の様々な苔に覆われる独特の光景を目にできますが、それについては次回ふれます。

八ヶ岳独特の苔の森。
八ヶ岳独特の苔の森。

やがて視界が開けると、峩々とした岩峰に囲まれた世界に出ます。行者小屋のテントサイトです。太古の昔は火口の中かもと思わせる場所で、通常は小屋かテントで一泊します。

行者小屋テントサイトの冬景色。
行者小屋テントサイトの冬景色。

そして翌日、赤岳を目指します。「地蔵尾根」という岩尾根のコースを行くと、どんどん急になってクサリやハシゴも出てきますが、登り切って尾根の上に出ると、富士山も遠望できる素晴らしい眺めです。目指す赤岳も間近で、やったー!という気分になれます。あとは1時間足らずの尾根歩きで山頂です。目の前には阿弥陀岳や南八ツのアルペン的展望が開け、きっと大満足でしょう。

尾根上に出ると、赤岳間近。

ここより北には、夏季に高山植物に彩られる岩稜歩きの横岳、巨大な爆裂火口が開ける硫黄岳など、高山ムードを体験できる個性豊かな峰々もあります。八ヶ岳全域で夏はもちろん、真冬でも晴天率が高く、冬山入門としてもよく登られ、四季を通じてバラエティ豊かな自然とフレキシブルな登山で愛される山と言えます。次回は北八ツを紹介します。

頂上付近から北を見る。右から横岳、硫黄岳。その左は北八ツの峰々。
硫黄岳の爆裂火口。
硫黄岳の爆裂火口。
玉置 哲広 (たまき・てつひろ)
広島県出身でカープファン。大学時代に登山を始め、板橋勤労者山岳会に所属して、広く内外の山に登っている。高校の地理教師をしていた。モノ好きで蒐集癖があり、様々な文化に首を突っ込むが、ヘタの横好き。愛読書は地図帳と山の歌本。