hibi-ki Hiker’s club
# 17
ひと山で熱帯から寒帯への
旅ができるキリマンジャロ
2025.8.12

山を、森を、ひたすら歩き続けたい。ただの山道じゃない、自然と融和できるような、そんな“トレイル”が世界各地にはあります。土地の成り立ちも、気候条件も、人の生活文化も異なれば、そこに立ち表れる自然の姿は多様です。世界各地のトレイルを走破している元地理教師でハイカーの玉置哲広さんを案内人に迎え、森の世界旅行へ一緒に出かけてみましょう。今回は、アフリカ東部・タンザニアのハイキングです。

写真・文:玉置 哲広

赤道直下の
登山に挑む

これまで、一般的にはあまり知られていないような山を、主に1人でふらりと歩いたようなお話がほとんどでしたが、今回は超メジャー級の山、キリマンジャロです。赤道直下で6000mに迫る高さの中で、植生や自然がめまぐるしく変わる様子をお伝えします。

言わずと知れたアフリカ最高峰ですが、この山は1人でふらりと言うわけにはいきません。地元の国にとっては、登山客は重要な観光収入源。現地のガイドやポーター、コックなどを雇うことで、経済を支える存在にもなっています。そこで、今回は山岳会の仲間とツアーを組むことにしました。最大の敵は高山病なので、富士山などで体を慣らしてから現地へ向かいます。

サバンナから見えるキリマンジャロ
サバンナから見えるキリマンジャロ。

ケニアのナイロビに飛び、チャーターした車でタンザニアへ。まずサファリを体験し、キリマン山麓の草原に野生動物がいる典型的な光景に大はしゃぎしました。でも、これは一部の保護区だけで、他は疎林の草原の中に、畑や集落が混じる風景でした。アフリカ東部は標高が高く、ジャングルではなく熱帯草原=サバンナの土地です。

ケニアからタンザニアへ向かう途中で野生動物に遭遇
ケニアからタンザニアへ向かう途中で野生動物に遭遇。

4日間かけて
キリマンジャロ登頂へ

登山口のマラングゲートからは、森林地帯になり、森の中からスタートです。高い山に登るのは、寒い国に向かっていくのと同じで、植生がどんどん変わります。キリマンジャロは赤道直下ですが、まず熱帯草原から始まり、温帯のような森林、亜寒帯、そして氷雪地域へと、目まぐるしく変わる世界を見られるのです。

マラングゲートを進むと遭遇する“雲霧林”。
マラングゲートを進むと遭遇する“雲霧林”。

初日はひたすら森の中のウォーキング。高い枝には猿がいて我々を見下ろしていたりします。日本の山では「サルオガセ」と言っている、ボロ布のような植物が木に垂れ下がっていました。この辺の森林は、“雲霧林”と言って雲や霧が湧いて森となっているところで、麓の貴重な水源になっているとか。最初の宿・マンダラハットはそんな森の中にありました。

サルオガセ。
サルオガセ。

今回のルートは、最もポピュラーなコースで、3つの山小屋があり、マンダラハットが約2700m、次のホロンボハットが約3700m、3つ目のキボハットが4700mと、高度順応を考えて、1日に1000mだけ登る形で作られています。予約システムも、押し出し式に上の小屋へ移る形で、小屋をひとつ飛ばして先に進む事は基本的にできないようです。

ヒースの林で展望が開ける。

2日目、標高が3000mを越えようとするくらいで、森林から「ヒース」の林に変わっていきました。イギリス北部などでおなじみのヒースですが、この辺りでは、ちょっとごっつい感じです。さらに、草丈がどんどん低くなって、草原地帯になり、何やら怪しい植物がニョキニョキと立っている光景に変わってきました。宇宙人がポンポンを振っているようなのとか、立ち上がったケモノのようなのとか、パイナップルみたいなのとか、見たことのない光景です。

ジャイアントセネシオ。
ジャイアントセネシオ。
ジャイアントロベリア。
ジャイアントロベリア。

後から調べたところ、「ジャイアントセネシオ」とか「ジャイアントロベリア」という名で、キリマンジャロ独特の植物という事でした。どおりで、初めて見る印象的な植物風景です。展望もひらけて、寄生火山や、目指す最高ビークの「キボ峰」が雪を抱いた姿と衛星峰の「マウェンジ峰」がくっきりと見えてきて、キリマン感が増してきました。

高所砂漠のサドルをてくてくと歩く。
高所砂漠のサドルをてくてくと歩く。

3日目はいよいよ富士山の高さを越えて、4000mの世界へ突入です。ヒースも徐々になくなり、荒地の世界へ変わってきました。頂上部の手前には「サドル」と呼ばれる平坦な場所が広がり、高所の砂漠といった感じです。地球で緯度が高くなると、苔のような植物しか生えないツンドラ地帯に変わりますが、ここは乾燥が激しく、砂漠のような世界です。こんな山の上にかくも広大な世界があるとは想像できませんでした。そんな中をてくてくと、最後の小屋キボハットを目指して歩きました。

キリマンジャロ登頂の途中で山火事を見下ろす
山火事を見下ろす。

4日目いよいよアタックです。暗い時間からヘッドランプを頼りに頂上を目指します。途中でご来迎を迎え、火山性のザクザクとした道を登っている感じは、富士登山みたいです。空気が薄いので、現地語でゆっくりを意味する「ポレポレ」を心がけて、じっくりと登り、頂上リムの一角であるギルマンズポイントに到着しました。

キリマンジャロの山頂氷河に沿って歩く。
山頂氷河に沿って歩く。
キリマンジャロの氷河と雲海。奥に見えるのがメルー山。
氷河と雲海。奥に見えるのがメルー山。

ここで登頂達成として下山する人もいますが、我々は、さらに山頂部のお鉢をぐるっと登り、真の山頂であるウフルピークを目指します。この道筋こそ自然変化のクライマックス、氷河地帯なのです。熱帯からついに北極にたどり着くようなものでしょうか。そして、壮大に広がる山頂氷河の眺めを堪能しながら、ウフルピークに登頂したのです。氷河の向こうに雲海が広がり、真っ青な空と真っ白な氷と雲が彩る赤道直下らしからぬ世界でありました。ただ、この山頂氷河は近年の温暖化で消滅が危惧されています。

ウフルピークにて記念撮影。
ウフルピークにて記念撮影。

ところで、キリマンと言えばコーヒーが有名。ぜひ買おうと探しますが、貴重な輸出品のせいか地元ではなかなか売っていません。村の商店でやっと見つけた挽き豆缶は、酸味が効いたあのキリマンの味ではなく、まったりドロリとした不思議な味がしました。

●キリマンジャロの登山ルート例(マラングルート)
<1日目:マンダラハットまで>
距離:約8km
時間:約4時間
標高:1700m~2700m前後

<2日目:ホロンボハット>
距離:約12km
時間:約6時間
標高:2700m~3700m前後

<3日目:キボハットまで>
距離:約9.6km
時間:約6時間
標高:3700m~4700m前後

<4日目:ウフルピークまで>
距離:約6km
時間:約8時間
標高:4700m~5900m前後

キリマンジャロの登山ルート例

●キリマンジャロ登山口へのアクセス例
「ジョモ・ケニヤッタ国際空港」(ケニア)から車で「マラングゲート」へ

玉置 哲広 (たまき・てつひろ)
広島県出身でカープファン。大学時代に登山を始め、板橋勤労者山岳会に所属して、広く内外の山に登っている。高校の地理教師をしていた。モノ好きで蒐集癖があり、様々な文化に首を突っ込むが、ヘタの横好き。愛読書は地図帳と山の歌本。