hibi-ki Hiker’s club
# 15
貴重な自然の島、
タスマニアで出会ったのは?
2024.6.24

山を、森を、ひたすら歩き続けたい。ただの山道じゃない、自然と融和できるような、そんな“トレイル”が世界各地にはあります。土地の成り立ちも、気候条件も、人の生活文化も異なれば、そこに立ち表れる自然の姿は多様です。世界各地のトレイルを走破している元地理教師でハイカーの玉置哲広さんを案内人に迎え、森の世界旅行へ一緒に出かけてみましょう。今回はオーストラリア・タスマニア島での山歩きです。

写真・文:玉置 哲広

タスマニアを象徴する
クレイドル山

一度だけオーストラリアで山歩きをしたことがあります。オセアニアはトレッキングが盛んな場所なので、行ってみたかったのですが、南半球は季節が逆ですから、夏にあたる時期に長い休みが取りづらく、機会を逸していました。それでも春に(現地は秋です)短い休みを確保でき、タスマニアに向かいました。

オーストラリア大陸は大陸分裂以来、他の大陸と陸続きになったことが1度もないので、動物も植物も独特の進化を遂げて、珍しい自然に出会える所です。有袋類のカンガルーやコアラなどが有名ですね。その大陸の南に浮かぶタスマニア島は、北海道よりも少し小さい自然が豊かな島だといいます。『タスマニア物語』という映画もありましたね。

島の北の方にクレイドル山というタスマニアを象徴する特徴的な山があり、一帯が国立公園になっているので、この山に登り、豊かな自然の一部に触れてみようと計画しました。タスマニアを縦断するオーバーランドトラックというトレイルもありますが、まとまった日数が必要なので、残念ながらクレイドル山周辺のみを歩くことにし、宿も山の近くは高いので、レンタカーを借りて、ダベンポートという港町のモーテルに滞在して山に通うことにしました。

タスマニア島全体マップ

独特な植生が広がる
レインフォレスト

初日は車で行ける終点、ドーヴ湖へ行ってみました。すると、なかなか姿を現さないというクレイドル山が見えています!俄然テンションが上がりました。でも、この日は到着したのがお昼を過ぎていたので、湖を1周する2時間のトレイルコースへ。

しかし、歩き始めると、早くも周囲はガスに包まれ、クレイドル山もあっという間に姿を隠してしまいました。この地域は年間を通して雨が多いそうで、一瞬でも見ることができたのは幸運でした。

トレイルは、日本と全然雰囲気が違いました。生えている植物が違うからでしょう。ただ、異世界の植物を見ても、全く名前がわかりません。それでも、ユーカリのような幹が白い木、昔アフリカで見たようなパイナップルオバケみたいな植物、ジャングルのような苔むした森、など不思議な雰囲気を十分に味わいながら歩くことができました。後から調べたら、ゴンドワナ大陸時代から生き延びているシダやら、豪州では珍しい針葉樹やらが暗く湿ったレインフォレスト=冷温帯降雨林をつくっているといい、確かにそんな感じでした。

独特の植生

翌日、町は快晴。これはいいぞと再びクレイドル山へ向かいました。しかし、前日もそうでしたが、山の麓まで来るとどんよりとしています。霧が流れ、冷たい強風が吹いています。クレイドル山も雲の中で姿が見えません。でも、日程に余裕がないので、クレイドル山を目指して歩き始めました。この日も、独特の色をした湿原や草原、赤黒い水の滝などの風景が展開して行きました。ボタングラスという草の根から染み出すタンニンのせいで、水が赤黒くなるのだとか。

赤黒い水、苔むす森

しかし、歩くほどに雨と風がビュービュー吹いてかなり厳しい条件となってきました。そんな中でも、でかい荷物を背負った地元の若者たちは、全く平気で楽しそうにずんずん歩いて行きます。彼らは悪天もなんということもないんだなあ、オージーすごいゼ!と、感心してあきれました。一方、私はというと、冷たい雨風にすっかりめげて、途中のピークでギブアップ。この日は下山しました。山はずっとガスに包まれ、何も見えませんが、こういう条件の時こそ、えてして珍しい動物が現れたりすると言います。でも結局、そう簡単にウォンバットやらタスマニアンデビルなどが出てきてくれるはずはありませんでした。

 3日目も快晴だったのに、山麓に入るとやはり冷たい風の吹く霧の中でした。とにかく雨が多いことで知られるところなので、仕方がありません。日程的に、この日はなにがなんでも登るしかないと、雨具を着込んで出発しました。途中で、時々ガスが流れて湖を見渡せたりすることもありましたが、ほぼ霧の中です。でも歩いていくうちに、岩がゴツゴツとした状態になり、柱状節理の巨岩がそそり立つような所にやってきました。どうやら、クレイドル山の頂上が近づいたようです。濡れた岩に気をつけながらよじ登っていくと、頂上に出ました。なにも見えない中、ちょっと風でガスが飛んだ時に、そびえたつ巨大な岩が見えました。「おお、これはモアイではないか!」というような突出した岩です!遠くからギザギザと見えた山のてっぺんは、モアイの住処だったのか?

独特の樹々

悪天候だったとはいえ、とにかくピークを踏めたことに満足して、フェイストラックというドーヴ湖を囲む尾根道のトレイルを通って下山を始めました。雨で道はぐしょぐしょですが、時折ガスが飛んで、一瞬ですが青空がのぞいたり、周囲の風景が見えたりしてきました。振り返ると、クレイドルの岩山が聳えているのも見えました。そして標高を下げて行くにつれて、湖を取り巻く独特の森の風景も楽しみながら下山することができたのでした。

 結局、オーストラリアらしい動物には出会えなかったなあ、モアイに会っただけか、と思いつつ登山口に戻ると、おお、カンガルーが遊びに来ています!日本の鹿みたいに、平気でやって来るんですね。でも、タスマニアらしいもっと珍しい動物たちは?それらには、帰りがけに動物保護センターに立ち寄って、強引に出会って参りました。

●クレイドル山周辺の登山ルート例
距離:約6km
時間:約2~3時間
標高:約900~1545m

●クレイドル山へのアクセス例
ダベンポート
↓ 車orバス
クレイドル国立公園ビジターセンター
↓ バス
ロニー・クリーク駐車場 or ドーヴ湖駐車場

玉置 哲広 (たまき・てつひろ)
広島県出身でカープファン。大学時代に登山を始め、板橋勤労者山岳会に所属して、広く内外の山に登っている。高校の地理教師をしていた。モノ好きで蒐集癖があり、様々な文化に首を突っ込むが、ヘタの横好き。愛読書は地図帳と山の歌本。