hibi-ki Hiker’s club
# 10
花と雪の世界に遊び、
「あがりこ大王」に会う
2022.10.17

山を、森を、ひたすら歩き続けたい。ただの山道じゃない、自然と融和できるような、そんな“トレイル”が世界各地にはあります。土地の成り立ちも、気候条件も、人の生活文化も異なれば、そこに立ち表れる自然の姿は多様です。世界各地のトレイルを走破している元地理教師でハイカーの玉置哲広さんを案内人に迎え、森の世界旅行へ一緒に出かけてみましょう。今回は東北の富士・鳥海山のハイキングです。

写真・文:玉置 哲広

海を眺めながら登る
夏の祓川ルート

ずっと海外の山のお話が続いたので、今回は日本の山歩きにします。東北地方の日本海側、山形と秋田の県境に「出羽富士」の名を持つ独立峰、鳥海山があります。周囲のどこから見ても秀麗な姿で聳えているので、地元ではとても愛着を持たれているようです。

なだらかで大きな斜面が広がっていて、遅くまで雪が残っているため、今まで山スキーによく行っていましたが、海に向かって滑走する爽快さは、夏山ハイクでもすばらしいはず。そこで、昨年と今夏に訪れてみたら、期待通りのハイキングを楽しめたのです。

鳥海山には四方から9つのルートがありますが、まずは北面にあたる秋田県矢島の祓川(はらいがわ)ルートから登ってみました。登山口の祓川は、ちょうど森林限界が終わりかける場所にあって、海からの御来迎を拝むことができました。

すぐに木道が敷かれた竜ヶ原湿原を渡ります。湿原の向こうに鳥海山が聳えている構図が、尾瀬から燧岳(ひうちだけ)や至仏山(しぶつさん)を想起させて、なかなか気持ちのいい歩き出しです。しばらく鳥の声を聴きながら灌木帯を進むと早くも雪渓が現れました。

このルートは多くの雪渓を通過するのが特徴です。再び灌木帯になり、七ツ釜と呼ばれる滝つぼが連続する渓谷や火山地形っぽい岩壁を見ながら登っていくと、今度は大雪路と呼ばれる大きな雪渓の登りです。この日は夏の快晴だったので、青空と雪のコントラストがくっきりとして美しいだけでなく、暑さの中で雪の冷たさが有難い!

雪渓のあとは、頂上への胸突き八丁にかかりましたが、そこは、一面のお花畑になっていました。その中で、とても印象的だったのが、ここの固有種らしいチョウカイアザミでした。他の花々のように美しくもかわくもなく、大きくて青黒くてヌメっとした感じで少々不気味に立っている姿が、実に独特なのでした。

手前が七高山(しちこうさん)、奥が新山(しんざん)

そして登りついた頂上は、七高山という外輪山(※)のてっぺん。ここは江戸時代までは本当のピークだったのに、1801年の噴火で、ここより高い新山と呼ばれる溶岩ドームができて鳥海山の最高峰が変わったのです。なので、頂上へはここから一旦火口の中へ下り、再び登り返さなければなりません。新山はまだ生まれてから200年ちょっとなので、巨岩奇岩が累々としています。この、お花畑から一変した殺風景なドームをよじ登って、やっと頂上に着きました。

※外輪山(がいりんざん)とは、火口が二重またはそれ以上に複合している場合、それらを取り囲む環状の山稜。箱根や阿蘇のものが有名

実は、日帰りで同じルートを引き返す予定でしたが、この時、激しい足の攣りで悩まされてしまい、頂上の山小屋に緊急避難で一泊する事に。予定外の出費で痛かったのですが、小屋に付属の「鳥海山美術館」を見学したり、朝は日本海に映る「影鳥海」を見ることができました。

花畑に囲まれた火口湖を目指す
鉾立ルート

そんなハプニングもありましたが、鳥海の多様な自然に興味が深まりました。そこで今夏、ポピュラーな鉾立(ほこだて)ルートから、鳥海を楽しむトレッキングに出てみました。鉾立へは芭蕉の奥の細道で知られる象潟(きさかた)から鳥海ブルーラインを車で快適に上がって行きます。象潟も鳥海の山体崩壊で生まれた特異な風景で、ジオ的興味を抱かされる場所です。

鉾立から眺める日本海の夕陽。左は飛島(とびしま)

さて、鉾立には夕刻に到着。ここから日本海の眺めはすばらしく、ポツンと浮かぶ飛島や、先ほどの象潟から男鹿半島にかけて一望のもと。そこに真っ赤な夕陽が沈んでいきます。その後、沖にイカ釣り舟の光またたく中、黄昏から夜景へと変わっていく値千金な時間を過ごせました。

翌朝、鉾立をあとに登り始めます。奈曾(なそ)渓谷という大きな崩壊谷を覗いてから、なだらかな斜面を行きます。早くも沢山の花々に迎えられ、振り返ると青く日本海が広がっています。さすが人気のルート、山の楽しさがあふれています。そのせいか、トレッカーも次から次へと大賑わいでした。軽く2時間ほどで御浜神社の立つカルデラの上に到着しました。

鳥の海(鳥海湖)。遠景は月山。

見下ろせば、雪を残した火口湖、鳥の海(現在は鳥海湖の呼称が一般的)がまん丸く青い湖面を見せ、その周囲は見事なお花畑です。キスゲやフウロ、シャジンなど花の種類は枚挙に暇がありません。彼方には月山や蔵王連峰まで望めます。ここでしばらく大休止して、夏山のヨロコビを存分に味わうこととしました。

多くの人は、ここからさらに鳥海山頂、新山目指して進んでいくのですが、今回は楽しむトレックなので、そのルートから分かれて鳥の海をぐるりと周回するコースに入りました。もはやたいした登りもなく、花々に彩られた雲上漫歩です。

チングルマ庭園とスコットランド風な霧の山。

のんびりと一周するうちにガスが湧いてきましたが、気にせず、今度は崩壊カルデラに沿って笙ヶ岳(しょうがたけ)という小ピークを目指しました。するとそのルートの所々に、絶妙に這い松とチングルマの花が配置された庭園のような感じの箇所があり、自然の造形の妙に感心させられました。さらに、たどりついた笙ヶ岳は、辺り一面が花園の中にある別天地。周囲のガスが流れる谷筋と合わせて眺めるとスコットランドにいるかような浮遊感まで感じたのでした。

森の中に鎮座する大王

こうして、ふたつの山行を満足して終えたのでしたが、これらのトレイルはどちらも森林限界より上。さらに鳥海のすばらしさは、森の中にもあるというので、今度は「中島台、獅子ヶ鼻湿原」という、森の探索ルートを歩いてみることにしました。

そこには溶岩台地にブナの森が広がり、「あがりこ大王」と会えるというのです。「あがりこ大王」って誰?歩いてみると、巨大でどっしりとしたブナが林立している豊かな森です。台地から湿原におりても森は続きました。湿原のイメージとは違い、森の中の泉地帯という感じ。「出つぼ」と言われるこんこんと湧き上がる池や「鳥海マリモ」なる水流に映えた苔など、豊富な湧水の自然を堪能できました。

左にET、右に踊る猿

そして、この森の主「あがりこ大王」とは?おお!それは巨大な腕を5本も6本もグニャグニャと伸ばし、ヒツジやETの顔を持ち、体の上でサルを躍らせている巨大な怪物!と思いきや、「森の巨人たち百選」にもなっている巨大な異形ブナだったのです。「あがりこ」とは、かつて炭の材料として何度も伐採され、それでも伐り口から再生を続けて、異形な形で巨大化した巨木の事だそうで、近くには「女王」もいたのでありました。

●「鳥海山」トレッキングルート例
① 祓川ルート(登山口~新山までの片道)
距離:約5km
時間:約4.5時間
標高:約1200~2200m

② 鉾立ルート(登山口~鳥海湖周辺までの片道)
距離:約3km
時間:約2時間
標高:約1150~1700m

●鳥海山登山口へのアクセス例

① 祓川ルート
羽後本荘駅
↓ 由利高原鉄道鳥海山ろく線 普通 矢島行き(所要時間39分、610円)
矢島駅
↓ 鳥海山矢島口行きシャトルバス(所要時間1時間、片道750円/往復1,500円)
矢島口(祓川ルート登山口)

② 鉾立ルート
羽後本荘駅
↓ 車orタクシー
鉾立ルート登山口

玉置 哲広 (たまき・てつひろ)
広島県出身でカープファン。大学時代に登山を始め、板橋勤労者山岳会に所属して、広く内外の山に登っている。高校の地理教師をしていた。モノ好きで蒐集癖があり、様々な文化に首を突っ込むが、ヘタの横好き。愛読書は地図帳と山の歌本。