hibi-ki Hiker’s club
# 4
色彩の大地を旅する
アイスランド【後編】
2020.12.28

山を、森を、ひたすら歩き続けたい。ただの山道じゃない、自然と融和できるような、そんな“トレイル”が世界各地にはあります。土地の成り立ちも、気候条件も、人の生活文化も異なれば、そこに立ち表れる自然の姿は多様です。世界各地のトレイルを走破している元地理教師でハイカーの玉置哲広さんを案内人に迎え、森の世界旅行へ一緒に出かけてみましょう。今回は北大西洋に浮かぶ北欧の島国、アイスランドのトレイル後編です。

▶前編はこちら

写真・文:玉置 哲広

異星のようで実は
地球むき出しの大地

さて、前回からの続き、ジオを感じる島国、アイスランドのトレイル歩き旅の後半です。

多様に移り変わる色彩に感動したロイガヴェーグルトレイル、2日目の朝は雨がテントをたたいていました。躊躇してしまい、スロースタートな欧米トレッカーに合わせて、ゆっくりと出発です。でも、歩き出してみれば、雲霧の中の砂漠や煙の湧出地帯が、また一興に感じます。そんな雲流れる平原を進んだ先に、驚く光景が待っていました。

突然、覆っていた雲が晴れ、広々と視界が開けて、茫漠たる大地のパノラマが展開したのです。茶色と濃緑色が混じって、まるで違う惑星と見紛うようなSF的光景です。「いやはや、すごいなアイスランド。火星のようではないか!」と、火星を見た事がないのに感動しつつ、次なるテント場、湖に面したアルフタヴァティンへ向かったのでした。

アルフタヴァティン湖の朝

明くる朝は快晴!湖に行ってみると、水鏡となって周囲の山や空を映しています。違う惑星と言いながら、青い湖水は地球ならではの美景です。しかし、この日の行程には、水の惑星地球ならではの不安がありました。渡渉(としょう:川を歩いて渡る事)を複数回する必要があったからです。日本での沢登り経験から渡渉の危険性を知っていたし、ガイド本にも注意とあります。

緊張しつつ渡渉点に至ると、幸い靴のまま渡れる程度でほっとしました。次の川は、近づくとドウドウと轟音が響く絶対渡渉不可能な激流でしたが、そういう箇所にはしっかりした橋がありました。火山台地に深い谷を穿つ水の力は相当なものです。

そして、本日2本目の渡渉点に来ました。けっこう幅広で周囲のトレッカーもやや躊躇気味ですが、ここは靴を脱ぎ、渡渉の基本である“すり足”で一気に渡りました。水圧よりも、氷河から流れ下る冷たさに「ひー」という感じです。

氷床を遠望する泥流源

こんな渡渉以外は、砂漠のような平原や黒色の溶岩源をひたすら進むのが、この日の旅でした。周囲に岩むき出しの崩壊火山が見え、別惑星のような雰囲気ですが、はるか彼方には陸地全体を覆う氷床が見えて、これは地球の自然の象徴です。広大な平原は、かの氷河からの大洪水で作られた泥流原ということです。そうして、この日のテント場エムステルに着くと、花々と緑の中を清流が洗うホッとする光景が広がっていました。標高が下がってきているようでした。

ロイガヴェーグルトレイルも最終日。この日も最大幅の渡渉がありましたが、難なく渡ると、イギリス北部のようなヒースの花が咲き誇る丘に出て、さらに進むと、ついに樹木が現れ林になりました。日本の亜高山帯灌木林の様相です。その緑に、馴染みある温帯の自然に戻れたような安心感を抱き、ゴールのソウルスモルクに到着したのでした。

ゴールと書きましたが、この時かなり悩んでいました。さらにこの場所から1日行程で「フィムヴォルズハゥルストレイル」に入れば、海まで歩けるのです。ゴールに着いた安心感と里心、でもさらに進みたいという旅心の間で揺れ動きましたが、翌朝の晴天に心を決め、新たなトレイルへと踏み込んで行きました。

約12時間の長丁場、これまでと違ってトレッカーの姿はほとんどなくなりました。1000mを越す峠まで登りが続きます。最初は不安でしたが、進んでいくうちに気合ものっていきました。このトレイルは「エイヤフィヤットラヨークトル」と「ミルダルスヨークトル」という舌を噛みそうな名前の、2つの大きな火山を覆う巨大氷河の間にある鞍部に向かって上がって行きます。火山だけに、またしても独特の砂漠地帯や溶岩地帯が展開していきました。

フィムヴォルズハゥルストレイルの峠

やがて、氷河が近づき、雪と黒い砂礫の混じった寒風吹き抜け地帯にたどり着くと、やっとこさ峠でした。峠の小屋はクローズし、霧が流れて展望も今一つでしたが、極北らしい気候の中に登って来れた事に満足でした。ところで「エイヤフィヤットラヨークトル」は2010年にヨーロッパの航空網を混乱させた大噴火を起こした所です。くわばらくわばら、長居はせずにすぐに海に向かって下山します。

水煙を上げる峡谷

なだらかな下り道が続きます。海も見えてきました。道に沿って氷河からの水がチョロチョロと小さな流れを作っています。すると、進むにつれてその流れが深く大きくなっていきました。やがて、轟音と水煙を巻き上げるような滝を何本もかける深い峡谷へと変わっていきました。

そして、旅のゴールとなるスコーゲルのテント場付近で、巨大瀑布(ばくふ)となって海へ続いていたのでした。最後は、水の惑星の威力を見せつけられて圧倒されてしまったのでした。

プレート誕生の地、シンクヴェトリル
巨大温泉ブルーラグーン

ところで、旅のきっかけであったジオな場所、プレート誕生の場所や世界一の巨大温泉は?
実はそういう場所はウルトラ観光地と化していて、トレッキングしなくても、バスが簡単に連れて行ってくれたのでした。

アイスランドのお土産に購入した溶岩と噴火灰石けん

●今回のトレイルルート
1つ目のテント基地~ソウルスモルク(ロイガヴェーグルトレイルの終点)~フィムヴォルズハゥルストレイル

距離:約65km

●ロイガヴェーグルトレイルへのアクセス例
ケプラヴィーク国際空港
↓ バス
BSIバスターミナル
↓ バス
ランドマンナロイガル(トレイルの始点)

玉置 哲広 (たまき・てつひろ)
広島県出身でカープファン。大学時代に登山を始め、板橋勤労者山岳会に所属して、広く内外の山に登っている。高校の地理教師をしていた。モノ好きで蒐集癖があり、様々な文化に首を突っ込むが、ヘタの横好き。愛読書は地図帳と山の歌本。