hibi-ki的 がんばらなくていい移住 # 4
Special Issue 6
移住者と地元住民の
ご近所関係
2021.8.23
群馬県最北部、首都圏の水源である利根川の源流地にあたるみなかみ町。谷川岳や大水上山などの約2,000m級の山々に囲まれた地に、人口約1万8,000人が暮らしています。温泉やアウトドアスポーツの拠点が充実した観光地であり、ユネスコエコパーク・SDGs未来都市に選定されるなど多彩な面を持った地域です。近年、ライトな形で林業に携わる移住者が増えているというその現況を探るべく、3日間におよぶ濃密な取材を敢行しました。

町で少しずつ増えているというテレワークスタイルの移住者は、どんな日々を過ごしているのか。そして、ご近所さんとはどのように関係をつくっているのか。実際のところを、ライター・編集者として働く森山芳衣さんに話を伺いました。ご近所さんであり、木の家やアロマづくりを行う山口長士郎さんにも登場してもらいます。

写真:西山 勲、編集部/文:田中 菜月

ネコと暮らすライター
みなかみ移住記

森山さんが一軒家でネコと暮らしはじめたのは約3年前のことでした。友だちが拾ったネコを飼うことになったこと、仕事を辞めたこと、パートナーとの別れなど、当時のさまざまな状況から引っ越しをしようと思い立ち、気付けばみなかみ町へやって来ていたと言います。

人見知りのクロシロ。逃げまわる中なんとか撮影できた1枚。

九州にある国際系の大学を卒業後、鉱物や珪藻土を扱う東京の会社に就職した森山さん。海外事業部に所属し、海外営業や子会社の管理、技術提携プロジェクトなどを担当していました。「真珠岩っていう鉱石がとれるインドのとある地域で3週間ぐらい缶詰になって仕事したりとか、結構面白いことをさせてもらっていたんですけど、ずっとどこかで辞めたいという思いがありました。6年目になった頃、60歳の自分がふと見えた気がして、飛行機の中で仕事を辞めようって突然思ったんですよね。そのとき結婚を考えていた恋人ともうまくいかなくなったのと、ネコのこともあって引っ越しを考えるようになりました」

ガラスづくりの勉強をしてみたいという思いもあり、長野や山梨など日本各地のガラス屋を転々と巡るようになります。その中で波長が合いそうだと感じたのがみなかみ町でした。教えを乞うことになったガラス屋の方が大家として一軒家を貸してくれることになり、愛猫・クロシロとの生活がはじまります。

森山さんの自宅。家の向かいにあるシェアハウスには、アウトドアガイドで一時的に来日しているニュージーランド人など多国籍な住人が暮らし、ときどき交流もあるという

「1年ぐらい暮らせたらいいなって思っていたら、こんなにいちゃったって感じですね。思った以上に暮らしやすかったのが大きいかもしれないです。外国を含め各地から色んな背景の人がたくさん来ているので、みなかみ町に住んでいても海外のどこかを旅しているような感じがします。観光地なので地元の方も人の出入りに慣れているみたいですね。『この人がずっと定住する』っていう意識もなくて、引っ越しの挨拶をしたあとは結構放っておいてくれる。かといって仲が悪いわけでもないです」

現在はフリーランスとして、クラウド系システムの会社2社のビジネスメディアの編集を担当しています。記事の企画や構成、リサーチ、ライターへの執筆依頼など、コンテンツ制作の管理・運用を担うのが主な仕事です。波はあるそうですが、月20本ほど記事を作成していると言います。コロナ前は打ち合わせで東京へ行くこともありましたが、今ではほとんどオンラインでの作業になりました。

「去年の半ばぐらいまでは町のテレワーク施設も利用していました。ただ、シーンとした場所が合ったり合わなかったりする時期があって、カフェのガヤガヤしている雰囲気の方が集中できるときもあるんです。町の中に仕事場の選択肢が色々あるのはうれしいです。フリーランスは仕事しなかったら食べていけないですから…(笑)、自分のストレスマネジメントは重要ですね」

最近は自分の気分や体調に合わせているため、日によって過ごし方はまったく異なるそうですが、具体的な1日のスケジュール例をあげてもらいました。

「朝8時ぐらいから仕事をはじめて、11時頃になってくると『今日は家で仕事無理だな』『どこ行こうかな~』ってなってくるんですよ。それから13時くらいに家を出て、お気に入りのカフェで昼食を食べてると『あ、今日温泉入りたいな』ってなって(笑)。温泉入って、夕方頃に買い物して、それから『仕事すっか』って感じで21時ぐらいまで作業する感じですかね」

クラフトビールが
地域の縁を結ぶ?

町へ来て最初の2年は仕事が忙しく、外に出かける余裕もなく、地域の人とあまり接点がありませんでした。「職業柄、仕事のコミュニティがないから、それで地域の人たちとつながろうとするのかもしれないですね」と森山さんが話すように、町内の飲食店や雑貨店などに足を運び、少しずつ関係性を築いていくようになります。

森山さんがよく通う雑貨店「nahele(ナヘレ)」。店主の内山享子さんとの会話は尽きない。森山さんはこの日、店主おすすめの紅茶を購入。
左の建物がnahele。右はCafe Sumika Living。カフェは2017年8月から休業し、現在はアウトドア会社向けなどに弁当販売を行う。

「私は東京も大好きで、『あ、かわいい店がある』ってぱっと入っていろんな店を楽しめるのがいいところだと思います。逆にみなかみ町は一つひとつのお店が濃厚で、例えば飲食店の店主と会話して『なんでこういうお店をやっているのか』を知ると、最初に食べた味がその次から違って感じるようになるんですよ。そういうのが楽しいです。田舎も好きですけど、日頃住むにはカフェや喫茶店はほしいですよね。その点、みなかみ町はカフェがたくさんあるので居心地がいいです」

実は今回のみなかみ町の取材では、森山さんが編集部にいろんな店や人を紹介してくれました。それくらい、今では知り合いも増え、お気に入りの店がたくさんあることがひしひしと伝わってきます。

「観光客じゃないって気付かれると『どこに住んでるの?』ってお店の方が声をかけてくれて、そこからどんどん話が広がっていくんですよ。特に、クラフトビールのお店で飲んでると自然とお客さん同士も仲良くなっていきますね」

Sumika Livingの山口由美さんと、長男の長士郎さん。

そのうちの一人が〈Sumika Living〉の山口長士郎さんでした。家が近いこともあり、森山さんと山口家の交流がはじまります。長士郎さんの母・由美さんがつくるお弁当は無農薬野菜が中心で、自らヤギやニワトリの飼育を行うなどオーガニック志向だった影響もあり、森山さん自身も暮らしに変化があったと話します。

「由美さんに出会うまであまり健康について考えたことがなかったんですけど、今は調味料や食材に少しは気を遣うようになりました。山口家のおうちで遊ばせてもらっていると、自然とともに暮らしているなあって感じますよ。私もせっかくこういう地域に住んでるから、理想は食材から料理まですべて手づくりがいいですけど、仕事してるとどうしてもハードルが高いです。自宅の庭にシソを植えてるんですけど、仕事しているうちに気付いたら10日くらい経ってて、『シソがもじゃもじゃになってる~』みたいなことも起きます(笑)。Sumikaさんみたいな方が地域にいると、山暮らしの知恵や食そのものをおすそ分けしてもらえるのがありがたいですね」

帯にはその日のメニューや原材料名が書かれている。
編集部撮影

この取材の際、編集部もCafe Sumika Livingのお弁当をいただきました。酵素玄米ごはん、自家採卵の卵焼き、ヤギ乳のカッテージ、カフェ裏の竹藪で採れたタケノコと無農薬栽培の農家さんから仕入れたフキの煮物。山口家で採れたというミツバとnahele内山さんの畑で採れたワラビのおひたしなど、できる限り手づくりのものが詰め込まれたお弁当は滋味深い味わいでした。この日はテレワークセンターMINAKAMIにもお弁当15食を配達したそうで、町の人の健康と日々の楽しみを支えている存在なんだろうなあと想像がふくらみます。私も願わくは毎日食べたいです。

地元を離れて気付いた
みなかみの森

長士郎さんを見守るのは愛犬のブンちゃん。

Sumika Livingは食に加えて、木造建築を生業としています。食材へのこだわり同様、建築に使用する木材においても本質を問う姿勢は変わりません。「地元の木を使った仕事を、なるべく木に近い場所でやっていきたい」という家づくりについて、長士郎さんが教えてくれました。

「うちはヒバから全部はじまってます。というのも、町内の谷川地区で90年代にブナやヒバが大量に伐られたんです。輸出したりチップにしたりするために、樹齢200~300年くらいのものがごっそり伐採されてしまった。99年に保護林として指定されるまでです。みなかみ町は山の傾斜がきついし雪もすごい降るので木が曲がってしまいます。その影響で木の内部に応力がかかりすぎて木材としては全然使えないんですね。ねじれるし曲がるし。だからお金にもなりません。『二束三文で売られているのが忍びない』って親父がヒバを買い集めはじめて、そこから地域の木で家をつくるということがはじまりました。我が家には今も大量に不良在庫があります(笑)」

おが粉好きのブンちゃん。ここがお気に入りの場所。

みなかみ町で生まれ育った長士郎さんは大学進学を機に町を離れ、就職後は名古屋で自動車関係の仕事をしていました。Uターンしてみなかみ町へ戻ってきたのは2015年のこと。「病気の療養で実家に戻ってきてみたら『家さいこー』みたいな、そんな感じですね。今は建築士ですけど、戻ってきたときは建築のこと何もわからなくて。何か役に立ててお金を稼げることないかな、使い道のない板材をどうにかしたい、という思いから小物づくりをはじめました」

大工がつくる「トイカメラ」(中央左手)。使用する材は、建築材としてクセが強すぎて使えない一番いびつな部分。でもそこが“一番美しい”という。

この他にも、コースターやカンナくずを使った木の花、ウイスキーメーカーとコラボした木のお酒づくりなど、次々と新しいことに挑戦しています。ワークショップなどでイベントに出店することで、それが建築の仕事にもつながっていくようになったと言います。

日本自然保護協会やLUSHとコラボして製造をはじめたアロマオイル「澄み香(すみか)」は、建築の端材や、林業家が分けてくれるという枝葉を原料にしています。電気やガスを極力使わずに、薪を燃料にして山の湧き水で蒸留する、かなり原始的な製法です。原材料だけでなく、つくり方にまで気を配り、コツコツとアロマオイルを手づくりしています。

1㎏の葉っぱを蒸留してなんとか5mlほどのオイルが採れるかどうかの世界。それでも「プロセスが原始に近づくほど、精油にも原始的な生命の力が宿る気がする」という思いから、地道に蒸留を続けています。

4人目の子どもが生まれたばかりという鈴木さん。実は林学出身で、以前から森林とは縁がある。

アロマオイルの蒸留づくりは、山口家の近くに住む鈴木映衣子さんが担当。神奈川県出身の鈴木さんは家族の転勤で各地を転々とし、2016年にみなかみ町へ来てからアロマオイルづくりを手伝っていると言います。こうして、地域の人と連帯しながら、Sumika Livingの活動は着実に広がりを見せています。

森山さんや長士郎さんの話を聞いたり、その雰囲気に触れたりしてみて、お互いに気負いなくナチュラルに接しているのがいいなと思いました。「移住するからにはがんばらないと」と、つい肩に力が入りがちですが、そうじゃなくてもいいし、それぞれ好きに生きれば良くて、その好きが重なる部分があったら共有すればいい。そんなメッセージを勝手に受け取ったような心持ちです。

●Information
Sumika Living
群馬県利根郡みなかみ町鹿野沢
HP http://www.f-a-n.work/
Sumika Living Instagram https://www.instagram.com/sumikaliving/
澄み香 Instagram https://www.instagram.com/sumika_aroma/

1
みなかみ町ってどんなところ?
2
クラブ活動的林業のすすめ
3
WOOD JOB!な田舎暮らし
4
林業もこなすアウトドアガイド
5
起業したり、テレワークしたり、温泉入ったり
7
編集部の取材レポート
8
移住したらこんな特典が!
田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。
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