取材の裏側や道中の様子を書き留めることで、整えた記事だけではわからない、編集部から見たみなかみ町の一面をここに記します。
温泉にクラフトビール
ここは極楽浄土?
今回の取材における頻出ワードの1つが“温泉”でした。町の人にとっては生活に溶け込むほど、なくてはならないものになっているのでしょう。町の中に18もの温泉地があるわけなので、その日の気分に合わせていろいろ選べるのもうらやましいところです。
うれしいことに私たちの宿泊先も温泉旅館だったため、1日町内を駆けまわったあとに温泉が待っていると思うと、いつも以上にがんばれていたように思います。みなかみ町に住んでいれば毎日がんばれそうです。
取材の道中では所々で温泉街も見かけました。上越線がすぐそばに開通したことをきっかけに、かつては多くの人で賑わったという“水上温泉”もその一つです。温泉街を歩いてみると、廃墟と化しているような建物がいくつか目に留まりました。“さびれている”とネガティブに受け取る人もいるでしょうが、レトロな雰囲気が好きな人にはたまらない場所だとも思います。私もこの温泉街の哀愁漂う感じは好きな佇まいでした。
この温泉街の中で訪れたのが、小さなビール醸造所「オクトワンブルーイング」。みなかみ町の良質な水でビールを醸造していると知り、リサーチ段階から必ず行こうと決めていたのです。この日のお客さんは国際色豊かで大いににぎわっていました。店には移住者や地元住民が集い、コミュニティの一つになっているようです。「移住者と地元住民のご近所関係」の記事で登場する森山さんと山口さんの出会いもここでした。
私たちはただの客として訪れたのですが、Sumika Livingの山口さんが、私たちが行くことを伝えてくれていたようで、店主で醸造家の竹内康晴さんに歓迎してもらい、一緒にビールを飲みながら町のことや竹内さん自身の話をいろいろと聞かせてもらったのでした。
竹内さんは神奈川県からUターンでもどってきてから、町が主催する自伐型林業の研修にも参加するなど、森にも強い関心を持っている方です。醸造に使う“水”を育んでいるのが森だからこそ、その源を知りたいという思いがあったのでしょう。「ビールで自然を知るきっかけをつくりたい」と話していたのも印象に残っています。確かに、単純に「森のことを勉強しましょう」というよりも、自分の好きなものの延長線上で森のことを知れる何かに触れられれば、その人にとっては響きやすいものになるだろうなと思いました。
最近ではホップの自家栽培もはじめていたり、山口さんとコラボしてスギの葉のアロマオイルで香りづけした“間伐スギのビール”の醸造を進めていたりと、これからさらに面白いことがはじまりそうです。
ちなみに、今回私が飲んだのは「カヤバ・セゾン」という、ベルギースタイルのビールでした。藤原地区の記事でも登場した“茅場”を吹き抜ける秋風のような爽やかさをイメージしているだけあって、苦みが抑えられた爽快なのどごしは仕事終わりにたまらない味わいです。
日常的に温泉に入ってクラフトビールも飲めるなんて、「ここは極楽浄土か?!」とほろ酔い気分で宿へもどったのでした。
やっぱりおいしいものは
欠かせない
取材先の途中に「たくみの里」と呼ばれる場所を訪れました。330haのエリアの中に木工、竹細工、和紙などの体験工房が点在していて、一つの観光拠点になっているところです。民家や学校などもあり、一見すると街道沿いにある集落のようにも見えるので、歩いていると不思議な感覚になります。
●たくみの里HP
https://takuminosato.jp/
取材の合間には、取材先の方からおすすめしてもらった飲食店を何軒か訪れたのですが、たくみの里でランチを食べた「山雨堂」もその一つでした。
田舎に来ると飲食店があまりないイメージが勝手にあるのですが、みなかみ町は地元民に愛される飲食店がたくさんあります。「今日はどこへ行こうか?」と考える選択肢がいろいろある点は日々の楽しみの一つにもなります。やっぱりおいしいものは欠かせません。
取材中に襲われた
“ヒル”パニック
みなかみ町の取材に同行してくれたフォトグラファー・西山さんといえば、森や草の中にガンガン入って撮影することで有名(編集部の中で)なのですが、今回はある事件に見舞われました。
ワンドロップ・宝利さんの写真撮影中に森の吸血鬼・ヒルに遭遇…!宝利さん曰く、最近になって特に梅雨の時期は裏山などに大量発生するようになったそうです。恐れおののきながら撮影を進め、なんとか撮影を追えて足早に森から退散します。
と、急に悲鳴が上がったと思ったら、西山さんのズボンにヒルが…!みんなでパニックになりながらなんとかヒルを払い落してことなきを得たのでした。
ヒルの増加は、手入れされていない(木が混みあっている)森が増えていることも関係しているのだとか。生息する生き物の変化と森の状態は密接に関わっているのだと、恐怖とともに身を持って体感したできごとでした。
源流の水を
飲んだことありますか?
谷川岳を撮影するため、山を少し登ることになりました。駅で物騒な看板を見つけたので、ちょっとビビりながら山へ向かいます。
取材に訪れた時期は5月下旬でした。新緑の美しい季節です。カメラマンの西山さんがひたすらシャッターを押す中、編集部の田中と高岸はそんな西山さんを置いてぐんぐん進みます。谷川岳周辺はスギやヒノキの画一的な森ではなく、色んな広葉樹が生い茂る森に囲まれていました。つい仕事を忘れて樹木の観察会がはじまります。
私が特に好きなのは、上を見上げたときに見える色々な葉っぱの形。これが美しいのです。木の種類はほとんどわかってはいないのですが、「わーこんな形もあるのかー!」と童心に返って楽しめます。西山さんにお願いして写真も撮ってもらいました。贅沢!
「マチガ沢」と呼ばれるポイントで沢水を飲んでみることにしました。ちょっと甘みがあって、「これが源流に近い味なのか」となんだか感慨深くなります。ここで少し休憩したところで、もと来た道をもどります。同じ道だし見渡せば木しかないのですが、視点を遠くにやったり近付けたり、木のどの部分を見るか、木じゃない植物も見てみる、人と自然の交わりを探してみる、登山者たちが残した痕跡を見つけるなど、自分の見方によっていろんな森の一面が見えてくるなと、西山さんが撮影してくれた写真を見返しながら思います。
取材者大集合?!
土合朝市に潜入
取材最終日は土曜日でした。森山さんから事前に「土合駅で朝市をやるから来ませんか?」と誘ってもらったので、朝一で会場に向かいました。
会場に足を踏み入れると、朝の心地良い木漏れ日、そして土合の森の鮮やかな緑が相まった爽やかな空間が眼前に現れました。コーヒーやパン、スムージー、おにぎりの販売、ヨガ体験、演奏会などが行われ、老若男女の楽し気な声が聞こえてきます。
お店を見てまわっていると、前日までの2日間で取材した方々と再開の連続でした。ワンドロップの宝利さんたちがアウトドアグッズを販売していたり、Sumika Livingの山口さんがアロマオイルのお店を出していたり、オクトワンブルーイングの竹内さんがお客さんとして来ていたり、森山さんがスタッフとして働いていたり、一気に知り合いが増えたせいか、もうみなかみ町に移住してきた気分です。
知らない土地に行くと、知り合いができるかどうか不安になることもあると思うのですが、こういったイベントに行けば知り合いをつくりやすそうな気がしました。また、町にどういったお店があるのか一度に知れるのはイベントならではですし、「今度の休みはあのお店の店舗に行ってみようかな」と町を楽しむきっかけにもなりそうです。
●土合朝市についてはこちら
https://www.minakami-genryu.com/doaiasaichi
みなかみ町の取材は3日間でしたが、家に帰ってからも身近に感じています。というのも、お土産にSumikaのアロマスプレーとLiccaのアロマオイルを購入したからです。部屋の空気をリフレッシュしたいときや、気持ちを切り替えたいとき、リラックスしたいときなどに家で香りを楽しんでいるのですが、香りをかぐたびにみなかみ町の取材旅を思い出します。まさに、Liccaの長壁夫妻が言っていたとおりです。
こうしてみなかみ町の取材を振り返ってみると、もともとある町のコミュニティの輪に私たちを一時的に加えてもらったからこそ、記事で書いたような町や暮らしの姿が見えてきたことがわかります。
その一方で、ある一つの層のコミュニティを見ているだけなんだろうなとも思います。取材時の私には見えなかった層がいくつも町にはあったはずです。訪れる人によってその見える層や触れられる層は異なってくるのかもしれません。誰とも関わらず山奥でひっそりと暮らしている人だっているでしょう。結局は自分が何を見たいか。それで町の見え方はいくらでも変わるのだと思いました。